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東京高等裁判所 昭和33年(ま)6号 決定

補償請求人 戸塚金二

主文

請求人に対し金一万五千円を補償する。

請求人その余の請求を棄却する。

理由

本件補償請求の要旨は、請求人は窃盗其の他被告事件について昭和三二年三月二八日水戸地方裁判所下妻支部において懲役一年六月及び罸金二千円に処する旨の判決の宣告を受け、控訴申立の結果、昭和三三年一〇月七日東京高等裁判所第一一刑事部において無罪の判決の宣告を受け該判決は同月二一日確定した。被告人は右事件につき昭和三二年九月二三日逮捕状の執行を受け留置せられ直ちに勾留状の執行を受け、爾来昭和三三年一〇月七日無罪の判決を受くる迄引続き三八一日間勾留を受けた次第である。依て右勾留期間に相当する刑事補償の決定を求めると謂うにある。

仍つて、所論に基き本件記録及び添附記録を精査するに、請求人が同人に対する窃盗等被告事件につき、昭和三二年三月二八日水戸地方裁判所下妻支部において懲役一年六月及び罰金二千円に処する旨の判決の宣告を受け、これに対して控訴の申立をした結果、当裁判所において昭和三三年一〇月七日窃盗罪の部分についてのみ無罪の判決の宣告を受け該判決が同年同月二一日確定したこと、被告人が右無罪になつた窃盗罪の被疑事実につき昭和三二年九月二三日逮捕留置され直ちに勾留状の執行を受け爾来昭和三三年一〇月七日無罪の判決を受くる迄引続き三八一日間の勾留を受けたことは洵に所論のとおりである。

仍つて案ずるに刑事補償法第一条の規定によれば、刑事訴訟による通常手続において無罪の裁判を受けた者が同法によつて未決の抑留又は拘禁を受けた場合にはその者は国に対して抑留又は拘禁による補償を請求することができる旨規定しており、すなわちこれによれば請求人の本件請求は全面的に一応その理由があるものの如くである。

然しながら、同法第三条は法の要求する補償の要件を充たす場合でも補償しないことができる特別な場合としてその第二号に「一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」と規定しており、すなわちこれによれば普通一般に最初の起訴事実により既に勾留されていれば、追起訴事実で勾留すべき場合でも、重ねて勾留することなく手続を進めるのが通常であるから、併合審理の結果勾留にかかる起訴事実の方が無罪となつた場合にも、追起訴事実の方がそれだけで勾留の要件を充たしている場合には裁判所の健全な裁量により補償の一部又は全部をしないことができる趣旨を含んでおるものと解せられるのである。従つてこれによれば勾留にかかる起訴事実が無罪になつたからといつて常に当然にその全部を補償すべきではなく、これと併合罪を構成する追起訴事実につき有罪の裁判があつた場合においては追起訴事実の方だけで実質的に勾留の要件を具備していたか否かをよく検討勘案した上補償の許否を決定しなければならないのである。

ところで記録によると被告人に対しては昭和三二年一〇月五日付起訴状記載の窃盗罪の外に同年一二月七日付起訴状記載の賍物故買同牙保の事実、同年一二月二〇日付起訴状記載の賍物収受の事実があつて右は孰れも併合罪の関係にあつたところ、当裁判所において前記窃盗罪についてのみ無罪にし、他の賍物故買、同牙保、同収受罪について有罪の裁判をしたものであるところ、被告人は前記窃盗罪については勿論他の賍物故買、同牙保、同収受罪についても犯罪事実を否認しておつたのであつて、有罪にかかる賍物故買、同牙保、同収受罪についても当然実質的に勾留の要件を具備していたことが認められるのである。

それ故請求人の請求にかかる三八一日間の勾留日数のうち少くとも昭和三二年一二月七日の賍物故買、同牙保罪についての起訴以降の勾留期間についてはこれを補償すべきいわれはないけれども、請求人が窃盗罪の被疑事実に基き逮捕され、続いて勾留された昭和三二年九月二三日以降同年一二月六日迄の計七五日間の勾留日数については当然その補償をなすべきものと認められるのであつて、すなわち此の範囲内において請求人の本件補償の請求はその理由があり認容せらるべきものである。

仍つてこれが補償額の算定につき諸般の事情を考慮して一日金二百円を相当と認め、結局請求人に対しては前記七五日分計一万五千円を補償し、請求人その余の請求は理由がないから、これを棄却すべきものとして刑事補償法第一六条に則り主文のとおり決定する。

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)

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